1.はじめに
日本だけでなく世界的に植物工場の導入実用化が進んでいます。弊社でお手伝いしている北海道大沼の株式会社アプレも、ユニークな単一養液による多種野菜の大規模栽培に挑戦しています。
植物工場といえば、環境制御技術、LED照明やCO2施用、自然エネルギーの利用技術の進歩により、従来の農業生産とは全く異なる生産方式が考案されています。
1980年代からオランダで導入改良が進められてきた大規模植物工場(オランダでは大規模施設園芸と呼ぶ)ですが、その進歩はどのようなっているのでしょうか。また米国でも、近年植物工場バブルと呼ばれるほどの投資が大規模植物工場に対して投下されています。
日本では、第3次植物工場ブームとよばれて多額の補助金が投入されましたが、ほとんどの植物工場が赤字経営で、植物工場設備を提供するグランパや千葉大発植物工場ベンチャーのみらいが倒産しています。
このレポートでは、これからの植物工場を考えるために過去の事例の成功や失敗の要因を検討してみたいと思います。

2.オランダの大規模施設園芸
大規模植物工場(大規模施設園芸)といえば、オランダ農業と言われるくらい日本では、日本農業のお手本としてオランダ農業の技術を取り入れようとしてきました。まず、オランダの大規模施設園芸に取り入れられた技術を記述します。

– コンピュータ環境制御
– ロークウール栽培、軒高温室、光・温度環境改善
– ハイワイヤー、CO2施用、ハチ受粉
– ロックウール用品種の開発

これらの技術をワーゲニンゲン大学が中心となって単一の目標に向かって生産性の向上を目指しています。結果としてトマトの例だと1980年には20トン/10アールだったのが、現在70トン/10アールにまで高められています。労働生産性も非常に高くなっていて、5.4人/haだそうですが、半分は選果場にいるので、約3人で1haの農場管理を行っています。
オランダのトマト生産の経営的な利益を見てみましょう。EUと日本では、トマト1kgの相場が100円と300円といわれています。25haの栽培面積だと、25ha x 65t/10a x €0.6/kg = 約10億円の売上規模になります。経常利益は8000万円~1億8000万円くらいで、8~18%の経常利益率になるそうです。
オランダの大規模施設園芸の特徴は、とにかく大規模な施設にして、徹底的な省力化を行い、単一の品種を大量生産するというところにあります。また生産される品種も収量を最大化するような品種が選ばれており、生食には向かない加熱調理用の品種です。販売市場としてドイツやイギリスに近いこともあり、生産量の90%を国外に輸出しています。近年スペインの土耕トマトとの競争が激しいようですが、イギリスではスペイン産が高く、オランダ産が安いという位置付けのようです。なので、日本で、オランダと同じことをしても、日本の消費者には受け入れられないことが容易に予想されます。
オランダのトマト生産におけるキーワードを上げると以下のようなものが、あります。

環境制御や労務管理の自動化
Priva社を筆頭に複合環境制御システムがとりいれられています。ただし、複合環境制御といっても色々なレベルがあると思いますが、オランダで取りいれられているのは、温度や湿度の目標値を1日や季節単位で、人が設定しそれに向かってコンピュータが冷暖房機や天窓、側窓をコントロールするというタイプのものです。
労務管理も作業別に自動集計されるような仕組みが導入されていて、何の作業にどの人がどれだけ従事したかがわかり、徹底的な作業の効率化を追求しているようです。

エネルギー利用
北海油田の天然ガスを農業ハウスで燃焼させて、温湿度制御、CO2施用、発電の3つの目的を同時に達成するトリジェネレーションと呼ばれるシステムを使っているようです。(日本では暖房に安い重油を使うので、廃ガスには硫黄化合物等の有毒成分がふくまれており、CO2供給源としては使えません。)オランダの農業用ハウスにおける発電量は、オランダ全体の発電量の10%にもおよびます。(日本の2009年度の統計では、九州電力の発電量が日本総発電量の約10%に相当します。)
しかしながら、最近は北海油田も枯渇が予想されて天然ガスコストがアップしていることから、地中熱(温泉熱)の利用が導入されているようです。
植物工場にとってエネルギーコストは経営コストのかなりの部分を占めるので、これをいかに克服するかは世界的な課題です。アプレでも温泉熱や地中熱交換機を導入していますが、近年の地球温暖化の影響で夏場の高温は北海道でも避けられなくなっています。

3.米国の植物工場バブル
トランプ大統領の中国との関税貿易摩擦で、最大の売り先市場を失うアメリカの大豆価格が暴落しているだとか、移民強制送還により、カリフォルニアの夏イチゴ収穫ができなくなって、イチゴ自動収穫機の開発が加速しているだとか、米国の農業でも色々なことがおきていますね。
ニューヨーク近郊では、大規模植物工場への大規模投資が集まっているようです。米国では、植物工場はVertical Farmingと呼ばれることが多く、日本での分類では人工光植物工場に近い物が多いようです。米国のような巨大な国土面積だと地場野菜とよばれるものが少なくて、高価でもよいから新鮮な地場野菜を求める顧客層に対して効率化をはかった植物工場に投資が集まっているようです。
具体的には、エアロファーム社のニュージャージ州にある植物工場は、48億円の資金で、建てた人工光植物工場でサラダ用のレタスや小松菜を年間771トン生産しているそうです。根の部分にノズルから水と肥料を噴霧するエアロポニックス(水気耕栽培)と呼ばれる方法で水の使用量を従来農法から95%削減しているそうです。播種から収穫まで12~16日だそうですが、これだとかなり小さな状態で出荷しているように思われます。米国のオーガニック野菜なみの値段で取引されているということなので、771トンで100g/1US$で換算すると約8億円(25haのオランダトマト栽培農業に匹敵する金額です)。ただし、人工光植物工場はLED電気代や施設運営コストが土耕栽培の50倍程度かかるといわれているので、これで採算は取れるのでしょうか。日本の植物工場での失敗が繰り返されないとよいのですが。

4.日本の植物工場
日本でも第3次植物工場ブームと呼ばれ2009年から数十億円規模の官主導の植物工場の普及拡大を目指した投資が行われてきました。完全人工光型植物工場を提供する千葉大発ベンチャーのみらいは2015年に約11億の負債を抱えて倒産。その後別会社がMIRAIとして引き継いでいます。旧みらいの倒産の原因は、1000円/kgのレタスの売り先が確保できなかったことが原因だと言われています。東日本大震災の復興事業でみらいの植物工場を導入した仙台の農業法人も、栽培がうまくいかず倒産しました。
2011年の東日本大震災の復興事業で岩手県や山梨県に多数のドーム型太陽光植物工場を提供したグランパも2017年に負債総額約22億円で倒産しました。建設コストの安い加圧式ドーム型ハウスにおける葉物栽培用植物工場を提供していましたが、みらいと同様に、生産物の売り先や販売価格(300円/100g)さらには、施設販売先で生産が安定にできなかった等の旧みらいと同じ用なことが原因になって倒産にいたっているようです。
千葉大の古在先生によると日本にある200社の植物工場のうち、黒字は15%、黒字化しつつあるのが10%、残りの75%は赤字だそうです。
失敗例ばかりあげましたが、成功例も見てみましょう。京都にあるスプレッドという会社では、亀岡市にある閉鎖型人工光植物工場で、日産21000株のリーフレタスを生産し、大手スーパーの店頭価格で198円を実現しているそうです。年間を通してこの値段で提供するための栽培設備を作り、次に着工する第2工場はAIを活用し、栽培工程をすべて自動化するそうです。一株100円で卸していると仮定して年間で約7.6億円になります。
もうひとつ成功事例として、東証1部上場の半導体デバイス販社であるバイテックホールディングは2016年から秋田県大館市で、植物工場事業を開始し、2017年には石川県七尾市、鹿児島県薩摩川内市、さらには2018年には、石川県中能登町、秋田県鹿角市に拡大し、一挙に5工場体制で、一日の生産量はレタス7万株だそうです。一株100円で卸しているとすると、年間25億円と推定されます。次の第6工場からは、栽培を全自動化するそうです。目標は、業務用レタス市場の10%をとることだそうです。

以上いくつかの植物工場の事例をみてきましたが、ここから黒字の植物工場を経営するためのキーポイントを整理したいと思います。
1. レタスや小松菜等の少品種葉物類を大量安定生産する場合は、恒久的な売り先を確保して生産販売計画を立てる。例として大手外食やハンバーガーチェーンへのレタスの提供のように、露地物にくらべて高くても植物工場の製品のメリットが生きるような販売先を確保する。(通年供給、洗わなくてよい、サイズが均一等)
2. 水耕植物工場の導入にあたっては、できるだけ人手がかからないようなシステム化が完成しているシステムを開発・導入する。できれば完全自動栽培。
3. 経営者は、栽培システム管理者、植物栽培管理者、販売管理者に優秀な人材を確保する。土耕栽培の経験しかない営農者が経営して失敗することも多い。
4. 初期投資に補助金を導入できるなら利用してもよいが、ランニングコストは抑えられるような栽培システムにする。温泉熱や太陽光発電自家消費のようなことも可能であれば考える。

以上海外や国内の植物工場の事例を紹介しました。一時期、植物工場は、事業としては設備や生産コストがかかりすぎてビジネスには成りにくいという評価もありましたが、それを乗り越えてきちんとした植物工場ビジネスを立ち上げている事例もあることが分かってきました。今後の課題として、AI(人口知能)の導入や、完全自動生産技術や環境制御の分野の完全自動制御技術の導入が期待されます。

現在の日本の農業は零細生産者がほとんどですが、そのような零細生産者に向いた自動生産が可能な小規模植物工場技術も日本では必要とされると考えられます。

合同会社アグロインフォ 曽根廣尚