スマート農業は一巡した。
それを求める農業者にまずは届いた、という意味である。
使いたい農業者は使い始める一方で、それを望んでいない農業者も多数いる。これが2023年現在の姿。
使い始めた農業者の中には、スマート農業に満足している人もいるし、満足していない人、課題を抱えている人もいる。それを望んでいない農業者の中には、スマート農業に興味や関心を持つ人もいるし、自分には関係ないと背を向けている人もいる。かなりのまだら模様であり、スマート農業登場以前と比べると状況はむしろ混沌としている。
また、そもそも、スマート農業と言っても、自動運転トラクター、ドローン、圃場管理システム、環境センサー、センサー連動型のアクチュエーター(例えば自動給水栓)など様々な製品・サービスが登場しているし、会計や仕入、販売、労務などバックオフィスでのICT活用という側面もある。農業者が満足しているポイントや課題といっても千差万別であり、一律にスマート農業が上手くいっているとかいっていないとか評価しようと試みるのは拙速であり、現実を見誤ることになる。
いま論じるべきは二巡目についてであろう。
私たち一般社団法人日本農業情報システム協会(JAISA)の会員の多くは、スマート農業機器やサービスを提供するベンダー(提供者)である。ベンダーから見れば、当初目指した販売数や売上に至らずに忸怩たる思いを抱えている面もあるだろうが、さりとて一巡目と同じアプローチで二巡目に向き合うのは得策とは言えない。
普及指導員など農業者を支援する立場の皆様もまた、二巡目のスマート農業にどう向き合えばいいのか、課題や戸惑いを感じているのではないだろうか。自動運転トラクターやドローンなどの導入は一応進んだ。しかし、その波に乗っていない農業者もいる。波に乗れと指導すべきなのか否か。導入した機器のフル活用という面でもまだ改善の余地がある。地域の営農を継続するためには、スマート農業だけに取り組めばいいわけではないし、鳥獣害対策など、まだあまり対策が進んでいない分野もある。
スマート農業の二巡目は、一体何をしたらいいのか。
JAISAの理事でありITコンサルタントとして農業者とベンダーの間にいる筆者の目線から考察してみたい。
デジタル技術の活用による農業者の経営向上に少しでもお役に立てれば幸いである。
タイプ1:導入したスマート農業に満足している農業者
素晴らしいことである。
補助金なども上手く活用してスマート農業機器やサービスを導入したであろう農業者。ひとまず満足できる評価というのは何より。
• 飛び地の圃場の水管理を省力化できた。
• 直進アシストのおかげで同じ面積の作業をしても疲労度が全く違う。
• こまめな環境制御で良品の収量が上がった。
• ドローンでの防除はもう手放せない。
こういった声が実際に聞こえている。素晴らしいことである。
新しい技術が登場し、製品サービスとして提供するベンダーがいて、利用する農業者がいて、効果が出ている。何も言うことはない。
このような農業者の事例をみると、それぞれが上手く工夫してスマート農業製品サービスを活用していることがわかる。誰かに言われたまま活用するのではなく、自分の農業経営にどう当てはめたら効果が出るのか、しっかりと考察した上で、ある程度の確信をもってトライしている。
• 飛び地に集中して活用している。
• 自動運転にこだわりすぎない。
• 自分の経験と勘をデータと照らし合わせて答え合わせをしている。
• ドローンのオペレータを複数人でできるようにして特定の人への負担を減らしている。
こういった小さな活用の工夫が効果を生み出す源泉となっている。
このようなスマート農業の活用ノウハウは、これからの農業経営の競争力の一つになる。自動運転トラクターと従来型のトラクターの運航計画をどう組み立てると効率的なのか、環境モニタリングのどのデータをいつチェックしてどう行動を変えるのか、従業員が学ぶべきものは何か、経営者としてさらに収集すべき情報はなにか、そもそも自分の農業経営に必要なスマート農業技術は何か、などなど。
これは、スマート農業にトライしなければ見えてこないものだし、一巡目、二巡目、三巡目とどんどん蓄積して厚みを増していくもの。一歩ずつではあるが、トライを重ねれば着実に知恵が増えていき、知恵が増えていけば経営は強くなっていく。
では、満足している農業者にとっての二巡目とは何か。
私が言うよりも先に、とっくに動き出しているが、一つは「使い倒し」である。
機械であれば稼働率を高める。ソフトウェアであればカバーするデータを広げる、蓄積されたデータを二次活用する。上手くいっているのだからそれを再生産する、その効果をより広く展開する、当然の発想である。
導入して終わりではない。そこからがむしろスタート。スマート農業の活用レベル毎年一段階ずつアップさせていく。年々取り組めば経営が強くなる。
もう一つは「リスク対策」である。
便利な機器やサービスが存在することを前提にした効果というものは、機器の故障、サービスの中断などがあれば、プラスの効果を失うばかりかマイナスの影響を受けないとも限らない。いわゆるBCP(事業継続計画)であるが、便利な道具であればあるほど、代替策については腹づもりをしておいた方がいい。
「元に戻せばいいだけでしょ」そう思うかもしれないが、そうはいかない。
便利な機器やサービスがある前提での耕作面積、品種選択、作業体系、人員体制となっているはずである。知恵を元に工夫したからこそ得られる効果であり、「元に戻す」のは実は簡単なことではない。
対策としてできることはとても地道なことである。故障に備える。修理や部品交換に備える。買い替え・設備更新に備えた費用ストックも欠かせない。
経営が上手く回っているときほどBCPが重要になってくる。
タイプ2:導入したスマート農業に不満をかかえる農業者
これは難しい・・・。
正直な話、やめる、捨てる、売り払う、納屋にしまっておく、そういう選択肢も含めて考えることになる。
使い続けることがその農業経営にとって赤字・ロスしか生まないならやめた方がいい。活かせない道具は経営の足かせにしかならない。
不満の原因は何か。
製品サービスの問題であれば、解決されるかどうかはベンダーに依存することになる。しかし、スマート農業が一巡した現況で、すぐにそれらの問題が解決されるかというと現実にはなかなか難しいだろう。ベンダーとしても二巡目はどう攻めていこうかと腕組みしている段階であり、軽微な課題であっても腰は重くなり、ましてや根本的な問題や改善点は、残念ながらしばらくの間は解消されにないと考えた方がいい。
その前提で、使い続けるか、使うのはやめるか、を迫られるわけだが、農業者が二巡目としてできる工夫が一つある。使う範囲を限定することである。
- 自宅から近くの圃場の水管理システムは取り外して遠方の監視だけに限定する。
- 温度も湿度もECもCO₂も土壌水分もとあれこれデータを見るのは一旦やめて、温度や土壌水分だけに限定してデータを見る。
- 圃場管理システムにあれもこれもと記録するのはやめる。作型を限定して記録する項目を限定してデータを記録して、使う。例えば資材の使用量だけは圃場別にきちんと記録する。それ以外は一旦記録をやめる。
このように、自分に役に立つパターンを見出してそこに使う範囲を限定してストレスなく活用する。そうすればせっかくの投資が活きる。効果を享受できる。経営が改善する。形にこだわってスマート農業を「格好よく」活用する必要はない。使いえない部分に目くじらを立ててストレスをため込むのはもったいない。目の前の効果を着実に手にするためには、より柔軟な姿勢でスマート農業に向き合ってみてはどうか。
それでもやはり不満が解消されないということであれば、やはり、やめる・捨てるという選択肢が現実のものとなるが、こればかりは仕方がないことだ。お金を無駄にしてしまったことになるが、不満を抱え続けるよりは「除却」してゼロリセットして次に進んだ方がいい。
ただ、ちゃんと向き合いたいのは、どうして導入前にそれを予期できなかったのか、という点。
自分の財布が痛むことになるのに、「聞いてないよ」とか「知らなかった」は言い訳に過ぎないし、ある意味で投資の読みが外れているわけであって、次にスマート農業にトライしようと思ってもそのままでは同じ結果を招いてしまう可能性すらある。
実はスマート農業は万能ではない。部分的で断片的で不完全である。
買ってくれば便利にいろいろやってくれるなんていうのは未来の話であって、2023年現在では、使う側が工夫して活用することが不可欠であるのはタイプ1で説明した通り。自動運転トラクターを買ってくれば経営が上手くいくなんてことはないし、水管理システムを設置したら水管理がラクになるなんてこともない。それを使って、いままでとやり方を変えて、省力化、スピードアップ、限られたスタッフ以外でもできるように、変化を毎日チェックして早めの対策を打てるように、などなど、行動変容を前提として導入しなければせっかくのスマート農業技術の効用を手にすることはできない。
具体的な期待値を事前に明らかにする。自己負担に対して効果が期待通りか、期待しすぎていないか。そして、その期待の精度を高めることが肝心である。これには、やってみて、学んで、次に生かす、というPDCAを回していくしかない。上手く使わないと道具は道具として機能しない。
タイプ3:スマート農業は導入していないが興味あり
興味がある。
ベンダー各社にとっては、ここが次のターゲットカスタマーであろう。
このタイプの農業者が二巡目としてすべきことは、一巡目をちゃんと学ぶということ。
タイプ1やタイプ2の農業者が先陣を切ってトライし、ノウハウや活用のコツや課題が実践例として見えてきた。せっかくなのでそれらをしっかり学ばせてもらう。布団にもぐったまま有益な情報が転がり込んでくることはないので、自ら動き出して必要な情報を取りに行く。自ら動き出せば、いまは見えていない情報ソースにも縁を通じてアクセスできるようになる。
そうして判断材料を集めた上で、自分の農業経営の中で費用対効果(期待値)をちゃんと計算する。
業務のやり方や手順、役割分担を変えることでスマート農業機器の稼働率を高めることができるし、スマート農業サービスに蓄積したデータを活かすこともできる。そのまま何も変わらず変えずにスマート農業技術を導入しても効果は出ない。
とにかくスマート農業はやってみないとわからない。
期待値の精度を高めよといってもいきなり上げることはできない。使い始めてみないと使いこなしのコツはみえてこない。こればかりは仕方がない。順序がある。
だから「スモールスタート」。
借りてみる、レンタルしてみる、体験してみる、など敷居の低いことからやってみる。ある機器を借りてみることで、それをきっかけに、実は他の機器がより役立つことに気づいたり、圃場管理システムの活用についてのアイディアやヒントが得られたり、そもそもやるべきことが他にあることに気が付いたり、今抱えている業務課題の改善のヒントにつながることだってある。
その際に大事なことは、未来を見据えることである。
足元の課題を見つめるのではない。5年後、10年後の未来を見据えた上で、必ず成し遂げるべきことを見出して腹を決める。
家族経営型から組織経営に発展したい。
ナンバー2になるようなスタッフを雇いたい。それであれば、人が働きたいと思えるような魅力的な職場づくりが必須だし、ブラック職場にならないように、効率的でわかりやすく成長を実感できる生産性の高い職場づくりが必須である。そのためにスマート農業技術を使う。
先行投資として、環境整備することで人材を受け入れる土壌ができる。人材が来てから土壌づくりにいそしんでも、土壌ができたころには苗(人材)は枯れてしまう。
地域で永続する組織として、圃場の受け入れをさらに進めたい。
となれば、圃場管理システムで圃場位置を管理するだけでなく、地主、契約内容、契約金額、精算方法、精算履歴、などなどと、付随してしっかり管理すべき情報が見えてくる。だから圃場管理システムを導入して管理をする。
地力のバラツキを可視化するために土壌分析を定例業務として行い、データとして蓄積し、次作の肥料設計に役立てる。圃場ごとの生産性を明らかにして、生産性の悪い圃場の作付け計画を見直す。
スマート農業技術を導入することがゴールではない。経営を発展させる目標があり、それを実現するための戦術があり、そこに役立つ道具としてスマート農業技術を取り入れる。この順序を踏まないと、いつまでたっても経営に不可欠なスマート農業技術に出会うことはない。願望だけにとどまり、実行フェーズに移行することはない。未来から逆算してなすべきことをやる。そのためにスマート農業技術、デジタルツールを活用するというステップである。
タイプ4:スマート農業はとくに関係ない
先日とある農業者のこんな声を耳にした。
「スマート農業機器で水位の見回りしようと機器管理に手間暇をかけるくらいなら、これまで通り人にやらせた方がいい」
考え方としてはある意味で合意できる点はある。スマート農業技術はあくまでも手段だから、手段を比較してふさわしくなければ採用しない。合目的である。
しかし一方で、日本には人手不足社会が到来していることを忘れてはいけない。
これから生産年齢人口(15-64歳)半減社会が到来する。外国人労働者も含めて、産業間で人材の引っ張り合いが起きている。単価負けする(買い負ける)のは時間の問題。これまでの農業界では人件費はタダのようなものだったのかもしれないが、これからは人件費負担が経営に重くのしかかる。それ以前に、機械に代替できる作業を人に行わせるような生産性の低い職場に喜んで働きに来る人材がいるかという問題に直面する。人に頼もうにも人がいない現場になる。
本質的な対策は、ちゃんと儲ける。これに尽きる。
働く環境の改善、給与アップ、そして、省力化効率化を重ねて産業として力をつけるしかない。ここにデジタル技術を活用する。これは他の産業も同様に当然に取り組むこと。
スマート農業という言い方をすると農業界特有のものに聞こえてしまうかもしれないが、要するには、デジタル・トランスフォーメーション、すなわち、社会がデジタル化していく事象の一つに過ぎない。
これから農業経営をし続けていく経営体にとって、大なり小なりスマート農業は関係してくる。農業経営においてスマート農業技術は無視できないものである。
それでは、これまで何10年も農業を引っ張ってきて、そろそろ引退を考えている先輩世代にとってはどうだろうか。スマート農業を使うことが必要なのだろうか。
- 使い慣れた道具と作業手順で超効率的に進む作業体系を崩してまでスマート農業機器を導入するのは何のためか。
- 地力の違いは長年の経験でわかっているのに、今さら圃場管理システムに記録をつけて何になるのか。
- 作物を観察することで培ってきた判断力以上のデータが環境モニタリングを見ればわかるのか。
スマート農業は自分には関係ないと思うのも無理はない。
年を重ねれば体力と気力は低下するし、変化にも対応するのがおっくうになる。
あと何年も農業をできないのは自分でもわかっている中、せっかく慣れ親しんで効率的で効果的な自分のやり方を変えることに合理性は感じないだろう。
筆者も、無理してまでスマート農業に取り組む必要はないと考える。
ただ、先輩世代にはスマート農業二巡目としてぜひともトライいただきたい「情報化」がある。
それは、とにかく記録に残すことである。
ノートでいい。手書きでいい。圃場で何があったか、何に気づいたか、感じたか、文字にして残してほしい。
人類最大の発明は文字である。文字にして残すことで知恵が受け継がれる。
人間には寿命がある。亡くなってしまえば、記憶も体験も一瞬で消えてしまう。そしてその人数が膨大なのである。それは農業界にとってあまりにももったいない。
すでに多くの先輩農家は農業日誌を記録しているだろう。それを地域に寄贈してほしい。アーカイブである。
「それだったら、何らかのITシステムに入力してもらった方がいいのでは?」
頭でっかちに考えるとそうなるが、これまでの功労者にこの期に及んで「苦行」を強いるのが得策だろうか?私には悪手としか思えない。ノートでいい。手書きでいい。残してもらうことが最優先だと思う。
残してもらった大切な「情報」を、コンピュータに入力するのは受け継ぐ側がやればいい。
ノートを読み込み、一文字ずつコンピュータに入力していく中で、先輩が何を思って書いたのか、その時何があったのか、過去の経験を疑似体験できる。次第に文字になっていない行間にも思いをはせることができるだろう。その時の気象条件はどうだったのか?足りない情報があれば自ら調べればいい。学びは、自分で情報を探すことで厚みを増す。自分の圃場にあてはめて考えてみることで、実践力に変化する。
引退していく農業者の日誌を集めてアーカイブする。
引退世代にスマート農業活用を無理強いするようなことをしている暇があれば、一日でも早く先輩方の知見を保存すべきだと思う。
以上、4つのタイプに分けて、スマート農業の二巡目について考察してみた。スマート農業技術・デジタル技術の活用による農業経営の発展に少しでもお役に立てれば幸いです。
日本農業情報システム協会(JAISA)理事
堀 明人(株式会社トゥモローズ 代表取締役)
※JAISAでは、自治体様やJA様が主催する、農業者向けのスマート農業の研修会や普及指導員向けのスマート農業勉強会、研修会のお手伝いをしています。2時間程度の短時間研修から数日かけての研修、年度を通じて取り組むスマート農業活用事業など、柔軟に対応可能ですのでお問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。