昨今、メディアで頻繁に取り上げられる「IT農業」の多くは生産過程におけるIT化事例であるが、食のバリューチェーン全体で考えると多様なモデルが想定される。
例えば、トレーサビリティのIT化は急務と考えられているが、現段階ではIT化によって生産者と消費者をどう結び付けるかという議論が多く、「農薬使用履歴表示」や「消費者のニーズ把握」といった限られたアイデアになりがちで、今までに無い新たなメリット(イノベーション)につながる未来について十分な検討がなされていない。

◇生産物と消費者の齟齬

消費者に「農薬散布情報に興味はありますか?」というアンケート調査を行ったところ、ほとんどが「はい」という回答だった。そこで、ある直売所で生産者から運ばれて来る農産物全てに「散布農薬リストを掲示する」という試みを行った。その結果、散布農薬リストを掲示する前よりも売り上げが減ってしまったのである。恐らく消費者は、普通(慣行栽培)の野菜や果物に「こんなに多くの農薬が散布されているの?!」とびっくりしてしまったのであろう。この事例によって、大多数の消費者は生産現場の状況についてまだまだ多くのことを認知していないことがわかった。

生産者と消費者の齟齬(そご)についてトマトを例に紹介しておこう。生産者が種苗会社から種を買う時、「トマト」の種を購入するのではなく、トマトの「×××」という品種の種を購入する。この時の生産者の品種選定の判断材料は、「生食用」「加工用」「糖度が高い品種」「寒さに強い品種」「病害虫に強い品種」といった生産者個々のさまざまなこだわりなどの観点から選定するが、出荷され、流通の段階に入るとただの「トマト」や「ミニトマト」として集約され流通していく。

これらがもし、品種名のままで流通するようになれば、消費者の選択の幅が広がり、新たなニーズや付加価値が生まれるのではないか。「私はトマト嫌い」だと思っていた人が、「×××という品種のトマトは嫌いだけど、○○○という品種のトマトは好き」ということになる可能性もあれば、料理のレシピによって品種を使い分けるといったことが可能になるだろう。

◇農産物の情報流通基盤

流通企業のバイヤーは、店舗に置く商材を全国行脚し、自分の目と足で必死に探し出している。従って、隠れた農業の匠の生産物は、彼らバイヤーの目に留まらないと一生、日の目を見ないのが現状である。そこで、大手スーパーなどの流通企業が生産物と消費者の橋渡しの役割を担い、「必要とされる食材を、適した量、適した場所で、適した人が作る」ことの実現を期待したい。

最近では一部世論の影響で、農業生産者も「マーケットインの考え方でモノづくりをしなければならない」という社会常識が形成されつつある。しかしながら、中小規模の農業生産者において、組織のトップがマーケットを意識するあまりに売り先確保に追われ、最も重要な農業生産に手が回らなくなり、結果的に生産物の品質が低下し、最終的に顧客離れにつながることもあるようで、これでは本末転倒である。この課題を解決すべく、市場のニーズと農産物の作付け・生育状況を一つのソリューションで一元管理、そして、バイヤーが生産者と消費者の双方のニーズの適切なマッチングを実施することで、価格暴落回避目的の産地廃棄などの低減、また高付加価値作物の生産・販売につながるだろう。

流通企業サイドとしても、ニッチなニーズに対応できる体制が構築され、他の流通企業との差別化につながる。さらに、この農産物の情報流通基盤が確立されれば、自分の生産物がどこでどのように消費されているのか等の把握も可能になるため、「自分の作ったメロンが、高級フルーツパーラーで使われている」「自分の作ったトマトが、高級イタリア料理店で使われている」等の情報を農業生産者にフィードバックすることができる。こういった農業生産者の実績を「見える可」することで、さらなる価値の付加ができ、またこれが、生産者のモチベーション向上につながるのである。

ある高級イタリア料理店のシェフは、国内では欲しいトマトが買えず、わざわざイタリアから空輸して手に入れているそうだ。流通企業のバイヤーが消費サイドのニーズに対し、生産出来る適切な農業生産者を探すというマッチング機能を持つことで、全てのプレーヤーにメリットが発生する。従って、農業生産者と消費者の双方の思いをつなげるデータベースやソリューションの構築、そしてその対応が出来る人材の育成は、早期に解決すべき課題であると考えている。

◇地産地消、ブランド保護

物流場面において移動距離などによる各種ロスが発生している。地方で生産されている作物の多くは、大消費地であり、高値で買い取られる東京に運送される。そこで食品加工企業などで加工され、送付地域ごとに分類され、それぞれ地方に戻っていく。極端な話、地方と東京を往復し、地元産でありながら東京よりも鮮度が低いなどの矛盾が発生する可能性もある。

2014年2月の大雪によって都内の交通が壊滅状態になった時に、多くの首都圏近県の食品にも多大な影響が出たことでも実証された。全てのステークホルダーが手を組み、同じデータベースを見て食品の適材適所に配送するといった、ローカルな独自物流経路を新たに構築することができれば、地産地消の促進につながるだろう。またこれにより、加工食品企業などの地域産業が生まれ、新たな雇用を生み、ひいては地域活性化・地方創生につながると考えられる。

現在、ジャパンブランドとして「日本の食材は、安心・安全」と各方面で表現されているが、その明確な理由を語れる人は皆無だ。今後、環太平洋連携協定(TPP)に参加した場合、「日本人が作っているから安心・安全だ」という理論だけでは、海外から入ってくる激安農産物には太刀打ち出来ない。偽物が発生するリスクも容易に想定され、生産者には「自分の生産物かどうか見極めるスキルや根拠」が必要になってくる。

このため、ブランドについて「太鼓判」を押せる手法を今のうちに生み出しておく必要があるのではないか。これは品質だけでなく生産手法などでも構わない。今ある最先端技術の各種センサー等を使って個々のブランドの品質、生産手法等について、特許取得などで明文化を行い、知財化することで保証するといった、ブランド保護対策についても、IT利活用による支援が早急に求められているのである。