農業生産者は食や農業に関係するバリューチェーンの中だけに限らず、外にいるさまざまなステークホルダーと情報をやりとりすることも多い。しかし、電話やFAXなどで行うことが多いため、情報の蓄積・共有につながっていない。今回は、農業ITが農業生産者とバリューチェーンの外にいるステークホルダーとの関係でも役に立つ事例を紹介してみようと思う。

◇金融、保険業でのIT活用

一つ目は、農業生産者と金融・保険業との関係において役立つ事例を紹介する。近年、金融業界は他産業の有望な企業への融資が激戦となっているために、新たな融資先として農業生産者をターゲットにし始めている。たとえば農業生産者は、新規就農、規模拡大、設備投資、6次産業化などの時点で融資を検討するが、過去数年間の投資額や収入額などを作物ごと、品種ごと、圃場ごとなど、細かく管理することが困難であるために、融資に必要な3カ年、5カ年の事業計画の策定に非常に苦慮している。従って、融資担当者は「融資をしたい」、農業生産者は「融資をして欲しい」、双方のニーズが合致しているにもかかわらず、融資審査の判断の結果、融資が成立しない事例が多いようだ。

融資担当者は、ITを導入し、過去の設備投資、収量、収益などをデータで明確に記載していて、今後の事業計画を精度高く生成できる農業生産者を融資のターゲットにしたいと考え始めている。つまり、IT利活用自体は担保にはならないが、ITを導入していることが融資判断時の重要な材料になる事例が増えてくると思われる。

また保険業についても同様だ。自然災害時等の保険による災害補填の場面などで、現状では被害にあった農業生産者が明確な被害額を示せないことからスムーズに処理が進まないために、保険金の支払いまでに時間がかかり、結果的に事業再建に間に合わず、離農につながるという事例が想定できる。もしITを利活用している農業生産者であれば、災害で発生した作物の被害額(廃棄、価格の下落など)はもとより、各種のリカバリーにかかった人件費や資材費など明確な根拠のある数値を即座に示すことができ、早期に災害保険による補填がされ、事業継続・継承を可能にするであろう。

◇種苗、農機メーカーでは

次に種苗メーカーや農機メーカーとの関係性についての事例を紹介する。たとえば種苗メーカーが新品種を販売する場合、自社の研究所で実験を繰り返してはいるものの、販売後の現場での生産性について知ることは現状では困難だ。もし販売後にその新品種の発芽率や生育状況及び収穫量などが地域ごと、生産者ごとに種苗メーカーにフィードバックされる仕組みがあれば次の新品種研究に役立つのではないだろうか。

また、農機メーカーのケースを見てみよう。コンバイン、トラクターといった農機は、農業生産者が「一家に一台」所有している。しかし、これらは一年を通して使うものではないので、地域で効率的な利用をIT(GPS等含め)により適切に管理できれば、一家に一台所有する必要が無くなる。農協、集落営農、大規模農業法人などの単位で地域ぐるみで管理すれば、生産コスト低減につながるだろう。個人所有をしているとメンテナンスを怠る事例が多く、故障するまで使い続ける傾向が否めない。その結果、膨大なメンテナンス費用の発生や長期の修理期間を要し、使いたい時に使えない。そういったリスクの回避にもつながる。

現在、農機メーカーや農協などが、コメの「収穫前線」などをベースに、農機と作業員の最適配置をITシステムにより行うという、新たなサービスの検討を開始している。また、稼働状況をリアルタイムで把握し、適切な時期にメンテナンスの案内をすることで、農機メンテナンス費用を大幅に削減するといったサービスも生まれるかもしれない。

◇指導員、そして農業委員会

地方行政機関には普及指導員、農協には営農指導員という、農業生産者に一番近い所で技術等の支援をしている人材がいる。しかし、近年、指導員の人数が減っており、農業生産者が電話等で支援を要請してもタイムリーに対応ができないという事例を耳にする。結果的に対応が遅れ、作物に影響が出てしまい、地域ぐるみで打撃を受けてしまうという負のスパイラルが発生しているという。こうした問題の解決策として、たとえば相談案件の画像(動画、静止画)と作物の生育環境データなどを閲覧し、遠隔で指導する仕組みといった案が挙がっている。

当協会では、普及指導員・営農指導員の一部の人材を「アグリデータサイエンティスト」として育成、複数のデータをその地域の指導員ならではの観点で分析することで、ノウハウの形式知化を図りたいと考えている。生産方法・品質・コストをコントロールすることで、地域や企業のブランドを生成・維持し、結果的に個々の農業生産者の事業継続・継承につながるはずだ。

もう一つの事例として、農地管理の組織である農業委員会にITを導入することで、異業種参入や新規就農者に大きなメリットをもたらす可能性についても触れておきたい。現在農林水産省では「農地中間管理機構」の整備により、多くの人が平等に農地の利活用が出来るよう動き始めている。しかし、現状の農地情報は土地の所在地、面積、所有者、賃借者などの情報しか無く、農薬や肥料の散布履歴や作付履歴などの情報は無い。従って、同じ地主・同地域の、同面積・同条件の農地であれば、履歴やその土地の特性に関係無く、ほぼ同じ価格で売買や賃借が行われている。

例えば有機農法がしたい新規参入者が、適した農地を探そうとしても現状では難しい。また連作障害というリスクを回避できる土地を探したいなどの要望も現状では困難である。今後、農地中間管理機構の運営により、土地の詳細な情報を付加して扱えるよう検討が進むことを期待する。

◇農業ITで異業種・企業間連携を

最後に、農業分野だけでなく、医療・福祉といった異業種との連携に関係する事例を考察する。例えばある一定の栄養素を高めた機能性野菜などについてデータを集積することで、病気の治ゆ効果や健康増進への効果を証明できるとなれば、農業現場だけでなく医療現場からのニーズも高まるであろう。子どもや高齢者の見守りのために開発されたサービスが農地や鳥獣監視サービスとして有効に機能している事例もある。農業専用のハードやソフトを開発しようとすると利用者数は見込めず高価になってしまうが、異業種と連携することにより安価に提供できるといった事例が出始めている。

昨今、農業関連システムへの参入は、大手、ベンチャーに関わらず激化している。しかしまだ成功事例に至っているとは言えず、企業サイドも疲弊し始めている。このままでは撤退する企業が多く出てくるであろう。農業ITが時流に乗って広がるのか、関係企業の疲弊により停滞していくのかは、企業間連携の早期実現にかかっているといっても過言ではない。まずは企業間でウィン・ウィンとなるモデルを作ること、それこそが今、農業ITの現場で一番求められている。