現在、ジャパンブランドとして「日本の食材は、安心・安全」と各方面で表現されている。しかし、その明確な根拠を語れる人はいないのではないか。「日本人が作っているから安心・安全だ」という「イメージ」だけでは、海外から入ってくる激安農産物に勝つことは難しい。

このため、なぜ安心・安全で優れているのかというブランドの裏付けを説明する手法(模造品と差別化できる根拠やツール、スキル等)を生み出していく必要がある。対象には品質だけでなく生産手法等も含まれる。各ブランドの品質、生産手法等について、GLOBAL G.A.P.や地理的表示(GI)保護制度や機能性表示食品の取得などで明文化し、権利化(知財化など)することで保証するなどのブランド保護対策も、早急に求められている。

◇生産者と消費者のニーズをマッチング

農業生産者は、販売先の情報や評価を得たい。また、生産物だけではなくおいしい時期(食べ頃)やレシピ(食べ方)などの「情報」も合わせて提供したいと考えている。一方、消費者は安心・安全な食材、レシピに適した食材、成分、アレルギーなど多くのことを気にしている。食・農業に関する情報の伝達は、現時点でもアナログであり情報の集約化が進んでおらず、食・農に関する各プレーヤーがそれぞれの立場で閲覧・利用できる仕組みは、今のところ存在しておらず、適切にマッチングがされていない。各プレーヤーの期待に応えることのできる情報流通基盤(プラットフォーム)が 構築できれば、大きなイノベーションが生まれる。

生産者と消費者の齟齬(そご)についてトマトを例にすると、生産者は「生食用」「加工用」「糖度が高い品種」「寒さに強い品種」「病害虫に強い品種」といったさまざまな観点から品種A、品種B、品種Cと多品種の生産を行っているが、出荷され、流通の段階に入ると、ただの「トマト」や「ミニトマト」として集約され、品種の個性が見えなくなる。消費者は作る料理や旬などの各自の「こだわり」に最適なトマトを選び楽しむことができない。結果的に、レシピ通りに作っても意図する味にならないといったことが起きている。

そこで、市場のニーズ情報と農産物の作付け・生育状況等の情報をつないで一元的に管理し、生産者と消費者の双方のニーズを適切にマッチングすることで、食・農に関する情報格差を解消するオープンな次世代食・農情報流通基盤(プラットフォーム)である「Nober」(農場)の構築を目指す活動を、2014年より続けてきた。その主体は「スマートプラットフォーム・フォーラム」(主催:NPO法人ブロードバンド・アソシエーション)のデジタルコンテンツ・データ分科会(主査:庄司昌彦=国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授)だ。今年度は、さつまいもカンパニー合同会社(橋本亜友樹代表社員)、株式会社AWCLE(遠藤ちひろ代表取締役)の協力を受け、実際のビジネスでの活用について検討を進めている。

◇ビッグデータ解析によるデータベース

想定しているNoberの機能は、農林水産省の「品種登録データベース」など政府や地方自治体等のオープンデータを効果的に活用し、農業生産物の情報を「品種」レベルで整理し、特性を識別可能な状態にすることで、生産者が「どのように育てているか」「どのような料理に合うか」「どのような効果があるか」などの情報を付加し、ビッグデータ解析などにより詳細で有益なデータベースに発展していくという仕組みである。

消費者はこのデータベースを活用することにより、より細かいレベルで農作物の選択が可能になり、新たなニーズや付加価値が生まれ、消費を楽しむと同時に消費者から生産者へ情報を直接フィードバックすることも可能となる。また、外食産業が流通段階でこのデータベースを利用することも可能。Noberが提供する食材の生産者情報・生産履歴情報を活用し、品種情報などと組み合わせて、自分の店のその日のメニューに合う最適な野菜の食材が何であり、どこからどの品種を仕入れるかという判断も容易となり、購入もできる。

さらに、マッチングシステムをレシピサイトと連携し、食材情報だけでなく、品種に関する詳細な情報や、それを売っている店の情報を付加することで、より詳しい情報を知りたい消費者の利便性の向上や、レシピサイトへのアクセス増加も可能となる。最適な食材を使ったメニューや食材の説明をレストラン検索サイトに載せることにより、そのサイトを訪れた消費者に付加価値の高いメニューを紹介でき、顧客増にもつながる。また検索サイト側も、レストラン紹介の新しい観点を得ることで顧客サービスの向上につながる。

ユースケース(利用シーン)としては、レストラン情報サイトでは「このレストランがこの料理に使っている野菜はこういうものです」と表示され、レシピサイトでは「この料理をおいしく作るのであれば、この品種の野菜がいいですよ」と提案され、検索すれば「近くのスーパーのここで売っていますよ」と紹介されるということも可能になる。

◇時代の社会インフラにも

さらに、Noberが広く使われるようになった未来では、生産者は多種多様な品種の農産物を生産し、消費者はその多様性の価値を楽しむ、新たな市場の形成と発展が期待される。農業生産物のマッチングが精緻に行われることにより、価格暴落回避目的の産地廃棄などのフードロスの低減、価格の安定化、さらには高付加価値作物の生産・販売の増加につながる。流通企業もバイヤーが隠れた匠(たくみ)の生産者や生産物を探しやすくなると同時に、消費者のニッチなニーズに対応可能となり、少量多品種供給体制の構築が可能になっている。

また、スマートファーマー(理事長造語:生産だけでなく経営やICTおよびデータ分析スキルを持った農業者)がNoberに蓄積されたさまざまなデータで裏付けされた生育マニュアルを作ることで、各種リスクを回避した採算性の良い農業を実現している。配送の場面においても、ローカルロジスティクス(筆者造語:地域の独自物流経路)を新たに構築し、効率的に配備することで小ロットでも近隣に効率的に配送できる。多額の輸送コストが低減され農業生産者の収益向上に貢献し、さらには地産地消の促進につながる。

現時点では食べ物は薬にもなるという議論は「迷信」のレベルを打開できずにいるが、将来的には、農作物それぞれの品種特性やそれを食べた人の体への影響に関し、ビッグデータ解析やオープンデータ連携で結びつけることにより、人体に投与する薬の量を減らし、副作用等のリスクを回避できるようになる。このように、Noberは、生産者や消費者、そして外食産業も含めた食・農業に関する全てのステークホルダーをつなぐことで大きなイノベーション、“革命”を起こすプラットフォームであり、これからの時代の社会インフラとなっていく。

◇食・農に関係する全てのプレーヤーとともに

このNoberの構想はLinked Open Data Challenge (LODチャレンジ=主催:LODチャレンジJapan実行委員会)にて、平成26年度(優秀賞)、平成27年度(LOD推進賞)と2年連続で賞をいただいている。その結果、各種メディア等で取り上げられWEB等に掲載されたことで、今年度は自由民主党農林部会長である小泉進次郎衆院議員や内閣府規制改革推進室と意見交換させていただく機会を得た。また、日本農業情報システム協会会員の農業ITに関する各種ソリューションを1冊の本にした「スマート農業バイブル」(産業開発機構株式会社)の出版にもつながっている。筆者自身も農林水産省経営局の「農業経営におけるデータ利用に係る調査事業」の有識者委員やAgGateway Japan発足準備会のメンバーも務めさせていただいた。

政府も平成26年度には内閣官房、総務省、農林水産省等で協力して「農業情報創成・流通促進戦略」を策定し、平成27年度には農業ITシステムに関する各種「個別ガイドライン」の作成も順次で進めている。今後、Noberのような次世代の食・農情報流通プラットフォーム構築を進めていくために、大手IT企業と農機メーカーなどハードやソリューションの提供側だけでなく、左の図に出てくる食・農に関係する全てのプレーヤーから検討委員を募り、ワーキンググループ形式の中でそれぞれの立場や目線でのユースケースを想定して創り上げ、多くの人に積極的に使っていただける仕組みにしていきたいと考えている。